再度アムステルダム続きで~す。

アムステルダム

たびたびリアルタイムの事をはさんでしまい、なんかゴチャゴチャしてきましたね。

でも、アムステルダム、続いていきます。

 

なんせ、アムステルダムは飾り窓地区だけじゃない。

ここにも行ってきたから。

外見だけだとホントに何かわかりませんね、ここは『アンネ・フランクの家』です。

 

世界で一番有名な日記を書いた女の子ですね。

 

 

こちらはチケットと、パンフレット。いろんな言語で用意されていた。

 

チケットは大人ひとり8.5ユーロ。

行列は短かったり長かったりと、時間によってカナリ幅がありそうですね。

私達が入る時は短くて、30分も待たなかったんですが出て来た時にはカナリ長い行列が出来てた。

ちなみに午後スグくらいに行きました。

 

 

 

恥ずかしながら、私は『アンネの日記』を一度も手にとって読んだことがありません。

が、ここに行くと、内部の壁に日記を抜粋したものが書いてあり(原文と英語)

パンフレットにはさらにそれを日本語にしたものが記載されています。

 

 

一家はもともとドイツのフランクフルトで暮らしていたけど、ユダヤ人の迫害をのがれてオランダへ。

 

アムステルダムではアンネの父は商売をしており、会社経営者だった。

会社はオランダがドイツに占領されてユダヤ人迫害が始まったの際にオランダ人名義に

代えたそうですが、実質経営していたのはアンネ父。

その会社の建物奥が、アンネ一家ともう一家族が暮らす秘密のお家だったんですね。

(オランダの運河沿いの建物には前後分かれた構造の建物が多いそうです。)

 

日本で言う3階部分から屋根裏までの2フロア+屋根裏が秘密部分。

トイレも炊事場もあった。

(私はなんとなく、狭い小部屋みたいなモノが一個とかかと思ってました・・・。)

1階では何も知らない倉庫作業員が仕事していたそうで、物音をたてないように暮らしていたそうです。

 

 

その暮らしぶりなんかが日記に詳細に書かれており、窮屈ながらも夢を持ち、希望を持ってアンネが生きていたことが伺えます。

 

 

 

が、大体の方もご存じの通り、何者かの密告によってアンネ達は強制収容所に連れてかれちゃうんですよね。

そして、父だけが生還して、このミュージアムを造る・・・ワケですな・・・。

 

あぁ、なんだか思い出したら元気がなくなってきました。

それほどまでに重いテーマ。

重い、重すぎる・・・。

戦争・・・

ホロコースト・・・・

(ホロコーストって言葉知ってた?さちこ知らなくって占星術〈ホロスコープ〉かと思っちゃったよ!)

ついでに日本の戦中・後・・・・・

 

おきらくに世界一周してる人間が立ち寄っていい場所ではなかったのか?!

イヤ、目をそむけてはイカン。

わからないからと言って考えることを放棄してはイカンらしいからね!

さちこはこれからもおきらくなフリしながら、心の奥底でしっかり考えていきたい!

日本人としてね!(イヤでも死ぬまで日本人だからね・・・)

 

 

 

 

まぁ、詳しい内容とかは本読めばわかるし、知りたいと思った人は実際行かなきゃいけないと思うし

これ以上は書きません。

感じ方は人それぞれですからね、うん。

ただ、アンネの家まで行っといて『あまりの近代的ビル感と、長い行列で入らず帰った』なんてのは

もったいないと思うのでせっかく近くまで来たら入っといた方がよろしいと思う。

 

ミュージアムショップでは、ご丁寧に文庫化された『アンネの日記』が売られていたので、

しっかり読んでおきたい!!なんて思ったらスグに読み始めることができます。

(もちろん日本で買うより割高。でも、日本には文庫文化があってヨカッタ^^他国よりは安い。)

あと、ウィキペディア読むだけでも号泣もんです。

 

 

 

 

 

じゃぁ、後はおまけ。

変わった自転車こいでた欧米人達。注目の的だったな。

けっこう大きな広場なのに、自転車だらけ^^;

せっかくの景色も自転車が入りこむ。

どこまで行っても自転車が転がる。

アムステルダムは自転車文化が発達しているそうだが、あんまり大事にしているようには見えなかった。

規則ただしく駐輪する気もないみたいだし。

(せめて旅行者向けはパリやロンドンみたくシェア方式でやればいいのに・・・)

 

 

あと、少ない情報ながらも、アムステルダムっこ達はパンケーキ食べると聞いたので、一回トライ。

チーズとベーコンとキノコのっけたやつ。

・・・一回食べれば十分なお味でした・・・。

よしたけと半分コにしてホントによかった!!!

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